20200429

よい日だった。久しぶりにあーいい日だったな今日という風に振り返る余裕があると言う方が精確か。以下よい日だったなリスト。

 

レザー財布の手入れをした。頻度の低いカードはすべて抜き、丁寧に拭き上げなんとなくシャンとした。お金がいつ入ってきても大丈夫な面構えだ。

化粧水のボトルを洗い、詰め替え用がすぐに詰め替えられるよう準備した。

注文していたアロマディフューザーが届いた。上品なゴールドとホワイトの組み合わせが美しい。不眠に効果があることを期待して。

なんとなくずるずる続けてしまっているアルバイト、久しぶりに求人があったので応募、二日間だが働けることになった。このご時世少しでも収入が得られるのは本当に大きいし有難い。

収入の目処が立ったので街の小さな珈琲店の通販を利用した。美しい外観に美しい内面。楽しみをつくらせてくれてありがとう。

花瓶の水をちゃんとかえた。

 

とつらつらと書いてみるが、よい日というのは何か未来(すぐそこからまだ見える気配もない点まで)に向かって準備が整ってゆくのが実感できる日なのだろう。今は珈琲豆を挽きゆっくり淹れ、強力粉で簡単クッキーをつくりブログを書いている。まだ見えない時間を少しでも見えるものにしてみる。昨日から突如はじめた筋トレも、このブログも、そういうことなのだろう。

20200428

日々の記録をはじめる。

 

最近犬子どもの声がよく響くようになった。

家は在宅でダンスレッスンをする母、趣味のトロンボーンに勤しむ父、新しい家族のぶんちゃん(文鳥)により音は常に響いており昔は苛苛したが今では耳ざわりのよい雑音だ。

犬子どもは聴き慣れていないので残念ながら今は耳ざわりがよいとは言えない。

はやく犬子どもに慣れるといい。慣れるころには私は外に出ている。声のする方をよくよく見ることもできる。

 

自身にフォーカスし過ぎるのが自粛期間の辛いところだ。LINEやメッセンジャーなど通知が表示され既読がつくものは本当に親しい(と思っている)少数精鋭の友人だけにしたい。小心者ゆえ他人の気心多少なりとも知れていないとざわざわして仕様がない。なにかまずいこと言ったか…。

 

大変性に合わない労働を電話で即日辞めてしまった、罪悪感。威圧的な上司に耐え切れず発熱が続きそのまま流れるように退社。「わかったよ」の一言で終わる。それ以上何もなかった。わかってたんだろうな、多少頭の回転する人で救われた。電話の内容を考えていたため一睡もできなかった。こんなときは映画を観るに限ると「ホドロフスキーのサイコマジック」購入した(なんだか救われそうな気がして)。が、家族のいる中観れる内容ではないこと忘れていた、ホドロフスキー。映画に申し訳ないけどもスマホで観ます。

 

この自粛期間で友人と活字のやり取りが増えたことだけがよかった。やり取りをしていくと活字で必要以上に神経質になっていた部分、思い込みであると分かり即効性のある活字にすこしばかり寛容になれた。

 

今気がかりなのはSNSの返信が来ないことだけです。即効性に反発するくせして形式の中に居たがる…物理的な拘束解かないと精神の自由獲得できないのか、そんなはずないのに。